長野市
季節の話題
TOPICS NAGANO
2001
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| 季節の話題 TOPICS NAGANO 2001 |
このページは、管理人ひろさくが各地を訪ね拾い集めた「季節の話題」のなかから、徒然なるままに書き記したものです。特定の分野に限定せず、管理人の思いつくまま、気の向くまま、町や村の話題を取り上げていますので、関心を持たれた場所だけご覧ください。更新は不定期ですのであしからず。
TOPICS NAGANO 2001
JAながの 長沼農産物直売所 ( 2001. 11. 23 )
体験報告 精米をしてみよう! ( 2001. 11. 10 )
桐原牧神社のわら駒 ( 2001. 3. 8 )
善光寺 おびんずる回し ( 2001. 1. 6 ) |
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| JAながの 長沼農産物直売所(アグリながぬま) |
JAながの 長沼農産物直売所 ( 2001. 11. 23 )
「アグリながぬま」は、長野市穂保(ほやす)の国道 18号線沿いに、平成十三年十一月にオープンしたJAながのの農産物直売所。農産物を専門に販売する部門と、手作り惣菜やパン、上水内郡信濃町産の「そば粉」を使った手打ち蕎麦などを提供する「食体験」部門に分かれている。地元で収穫した食材を販売するだけではなく、これを利用した手作りの味覚をその場で味わうことができるのもこの直売所の特徴となっている。
<食体験部門>
直売所に併設されている三店舗は、いずれも地元のお母さんたちが運営するもの。アイデアを持ち寄り、実習を重ね、商品化された逸品が用意されています。ぜひお立ち寄りください。
・ 手打ち蕎麦 そば処「十哲」
上水内郡信濃町産のそば粉(霧下蕎麦)を使った手打ち蕎麦を提供。お店の名前となった「十哲」は、当初、十人の蕎麦打ちの哲人がいる!という意味と聞いていたが、俳人・小林一茶の門下生が長沼に大勢おり、なかでも優秀な生徒を「十哲」と呼んでいたようであり、ここからこの名前が付けられたのでは…という話もある。ざるそばは 600円から。
・ アップルツリー
黒ゴマロール、ピザ&ドーナツから、焼きそばパン・コーンフラワーなどの調理パンまで幅広い品揃え。
・ おふくろの味・手作り惣菜「処(ここ)」
春巻・鶏唐揚げ・とんかつ・おでん・肉じゃが・サラダなど地元産の野菜を使った惣菜を提供。特産のりんごを炊き込んだ「りんご入り赤飯」や郷土食「こねつけ」などもある。
JAながの 長沼農産物直売所 「アグリながぬま」
長野市大字穂保 274-1 TEL 026-295-1093
長野市大字穂保付近 ( 1 / 25000 )
ネットワーク Vivid (JAながの)
[ 営業時間 ] 9: 00 〜 18: 00
[ 定休日 ] 年中無休(正月を除く)
[ 駐車場 ] 200台
幻の「戸隠地大根」!
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| 販売されている各種大根 |
「赤すじ大根」などが積み上げられたその傍らに、そばやうどんの薬味としては使われる「戸隠地大根」が販売されていた。この大根は、上水内郡戸隠村(現在は長野市戸隠)に伝わる大根で、根長が十五センチ〜二十センチ、根径 四センチ〜五センチほどの白大根で 、根が「ねずみ」の尻尾に似ていることから「ねずみ大根」とも、栽培されていた上野地域の名を取って「上野大根」とも呼ばれている。栽培の歴史は古く、江戸時代に麻を交易する商人が持ちこんだといわれている。
「戸隠地大根」の特徴は、漬け大根に使われる「赤すじ大根」よりも堅く、漬けあがった「たくわん」の歯応えがぱりぱりとしていること。また辛味があるため「おろし大根」としても使うことができることにある。戸隠神社中社付近に軒を並べる蕎麦店の多くが、この大根を名物のそばの味を引き立てる薬味として利用していることは有名だ。
ところが、この「戸隠地大根」、自家採種に長年頼ってきたため品質が悪くなり、一時は「幻の大根」とさえいわれるまでになってしまう。そこで、戸隠地大根を生産する農家や戸隠村役場、JAながの裾花営農センター、長野県野菜花き試験場、長野農業改良普及センターが品種改良に取り組み、平成十年に念願の「戸隠おろし」が完成。良質な「戸隠地大根」を安定して供給することが可能となったという。「戸隠おろし」の旬は、概ね九月下旬から翌三月下旬まで。「アグリながぬま」でも販売されている。
「戸隠地大根」の歴史や利用方法は、配布されている案内を参考にしました。
この記事は、平成 13年 11月 23日に取材・撮影したものです。
総合案内 |
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| 無人の精米所 (長野市若穂) |
体験報告 精米をしてみよう! ( 2001. 11. 10 )
たまたま、長野県産あきたこまちを三十キロ頂くこととなったのだが、受け取りに行ってみたところ、出てきたのはいわゆる「玄米」。「食べたい分だけ精米してね。こうしておくのがイチバン美味しいから…」と、優しい心遣いをいただき受け取ってはみたものの、「精米」というものはお百姓さんか農協でやっているもの、というイメージがあって、どうやって「精米」をしてよいのかわからない…。
そこで改めて「精米」の方法を聞いてみると、なんでも「コイン精米」「スーパー精米」という名称で道路端に自動の「精米機」が置いてある、とのこと。早速、近くにある「精米機」を探しに出かけ、実際に「精米」を体験してみた。
訪ねたのは、若穂の県道沿いにある「クリーン精米屋」。農機具でお馴染みのクボタ製の「精米機」を備えた無人精米所で、須坂のあるお店が管理・運営しているものだった。営業時間は、朝七時から夜九時まで。畳一枚くらいのスペースが作業場になっている。
車から「米」を取り出し、早速「精米コーナー」へ。正面に、「精米」の手順を記した操作パネルがあり、右が「もみ」「玄米」投入口、左に「精米」を終えた「白米」が出てくる部分になっている。「ぬか」はどこからでてくるのか…とあたりを探してみたが、どこにもなかった。恐らく、「ぬか」は建物の後ろにある大きな「タンク」に入ってしまうようだ。「ぬか」は漬物にも使えるので欲しいところだが、こればかりはやむを得ない。 |
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| 玄米 | 玄米を投入口へ |
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| 「精米」の手順を記した操作パネル |
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| 「白米」がぱらぱらと… | 「精米」を終えた「白米」 |
精米の手順
操作方法は、詳しく案内板に記されているので誰でも簡単に扱うことができる。はじめに「もみ」「玄米」投入口上部にある表示が「営業中」になっているかを確認。続いてお金(料金)を投入する。料金は「もみ」が12キロ200円、24キロ400円、36キロ600円、「玄米」は10キロ100円、20キロ200円、30キロ300円(全て取材当時の料金)となっている。機械が動いている最中はお金の追加投入ができないので、あらかじめ多めに入れておくとよい(最大二千円まで)。
パネルのボタンで「もみ」「玄米」を選択(写真中左)。「もち米」を精米する時は「もち」のボタンも押す。最後に精米の種類を選択する(写真中右)。「上白」「白米」「七ぶ」の三種類があるが、普通のお米にするなら「白米」を選択する。このボタンを押すと、機械が「ごぉ〜」と唸りだし精米が始まる。
一〜二分で、精米された米が別の入口から出てくるので、予め空袋を下部にセットしておく。全ての「もみ」「玄米」が精米を終えると「ありがとうございました〜」のアナウンスがあり作業が終了する。「残米あり」のランプが点灯している場合には、お金を追加して作業を続ける。
精米作業の注意
・ 水分の高い「もみ」(17%以上)、わらゴミ等の多い「もみ」、のぎの長い「もみ」での利用は、機械故障の原因となりますので利用できません。
・ 水分の高い「玄米」(17%以上)、くず米、虫くい米、胴われ米等の利用は、機械故障の原因とありますので利用できません。
・ 古い玄米、ハダズレ米等は、規定時間内に精米できない場合があります。その時はお金を足してください。(余分にお金が必要です)
・ 最初に出てくる白米は、前回利用者の残量ですので、この分のツキ加減が不足している時は、その分だけ再度投入口に戻してください。
・ もち米の利用者は、最初に出てくる部分に前回利用者のうるち米が混じる場合がありますので、よく見て分けるようにしてください。
<管理人ひとこと>
「精米」が終了するまでにかかった時間は、およそ十分ほど。缶コーヒーでも飲もう、と用意していたのですが、飲む間もなく、あっ!という間に作業は終了してしまいました。「玄米」の時はやや茶色がかった色をしていた米も、「精米」を終えると白い立派な「お米」になってでてくるからたいしたものですね。農業に携わったことのない管理人には、とても貴重な経験でした(笑)。
この記事は、平成 13年 11月 10日に取材・撮影したものです。
総合案内 |
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桐原牧神社のわら駒 ( 2001. 3. 8 )
恒例の「桐原牧神社わら駒祭り」が八日午前九時半から、長野市桐原の桐原牧神社( 地図 )の境内で行われ、小雪の舞うあいにくの天気にもかかわらず、市内外から大勢の参拝者が訪れ賑わった。
桐原牧神社周辺は、奈良時代に設けられた官営の牧場(勅使牧)があったところで、名馬の産地として都でもその名が知られていた。神社は牧が最盛期だった千年〜千五百年頃まつられたもので、人々は良馬の産出を祈り、勅使牧が無くなった後も、当時を偲び、藁(わら)で駒形を作って神前に奉納していたという。藁で作った駒には、御幣(おんべ)が立てられ、赤飯を背負わせてこれに五穀豊穣を願い、また子孫繁栄を祈って雄馬のシンボルが備えられている。入手が難しくなった青藁を保存しておき、時期に合わせ一体ずつ丁寧に作られた駒は、全国のほかのわら駒と比較しても遜色ない立派なもの。昭和六十三年八月には、長い歴史を持つこの「わら駒」の行事を記念して境内に銅像(写真)が建立された。
大宰大弐高遠
逢坂の 関の岩かど踏みならし やま立ち出る 桐原の駒
正三位知家
夕暮の 月より先に関越えて この下暗き 桐原の駒
源 義将
あふ坂の 清水に移る影もみず 関路隔つる 桐原の駒
<管理人訪問レポ>
奉納された「わら駒」は、神事終了後、午前十時頃から行われる抽選会で、運が良ければ手に入れることができる。毎年、この抽選会を楽しみにしている参拝者も多く、早い人になると神事の始まる一時間も前から順番待ちを作る。今回も、管理人が神社に到着した午前八時半過ぎには、すでに二十人ほどが番取りをしていた。ただ、早く来ても遅くきても、抽選会には必ず参加することができる。もし、お目当ての「わら駒」が外れてしまっても、社務所で購入することができるのでご心配なく…。
「巡行祭」と染められた幟を先頭に、氏子らが両手で「わら駒」を抱え境内に入ってきたのは、それから一時間が経過した午前九時半。約二十分ほどの神事があり、続いて行われる関係者からの挨拶が終わると、いよいよお待ちかねの抽選会だ。
社会見学で訪れたという吉田小学校の子供たちを先頭に、長い行列が動き始める。どれほどの「わら駒」が用意されたのかはわからなかったが、係員の方が鳴らす鐘の音を聞いていると、「わら駒」の当たる確率は、思っていたよりも高いようだった(もっとも、「だるま」が当たった場合でも「鐘」が鳴らされていたので、実際にはもっと高倍率なのかもしれないが…)。
<管理人ひとこと>
この祭りは、平日・祝祭日にかかわらず三月八日の行事と決まっている(特段の意味はない)ため、なかなか休日と重ならず、出かける機会を逸している人も多いようです。地元に住んでいる管理人ですら、いままで出かけることができず、今回はたまたま休暇が取れたため祭りに参加できたほど。もしカレンダーを見て、休日にこの祭りが行われることがあったなら、ぜひ一度は「運試し」のつもりで訪れてみてはいかがでしょうか。
この記事は、平成 13年 3月 8日に取材・撮影したものです。
総合案内 |
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| びんずる尊者像を激しく揺さぶりながら… |
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| 杓子で患部を撫でながら祈る |
善光寺 おびんずる回し ( 2001. 1. 6 )
善光寺正月行事のひとつ「びんずる回し」が、六日午後七時から本堂で行われた。「びんずる回し」は、本堂外陣正面に安置されている「賓頭廬尊者」像を、信徒たちが台座ごと妻戸台の周囲を廻すもの。終了後与えられる杓子(しゃもじ)で自らが患っている部分と同じ場所を撫でて、それを患部に当てると治癒するといういい伝えがある。今回は、たまたま六日が土曜日で三連休の初日だったこともあり、例年以上の見物人で賑わったようだ。
<びんずる回しレポ>
すっかり暗くなった午後七時、本堂に集まった大勢の見物人が見守るなか法要が始まる。静まり返った本堂に響く読経の音…。午後七時の気温は、氷点下マイナス二度。それにもかかわらず、次第に周囲には不思議な熱気が帯びてくるのがわかる。法要が終わると、案内役の方から注意事項の説明が始まった。「びんずるさま」は、台座ごと三回妻戸台の周囲を廻ること、大勢の皆さんに台座を引くロープを持ってもらうために、ひとり一回だけにしてほしいこと、などなど。見物人の多くは常連らしく、説明ひとつひとつを頷くだけ。すでに勝負は始まっている…、という雰囲気であった。
「どん、どん、どん…」。やがて、妻戸台にある太鼓の音を合図に「びんずるさま」が動き始めた。どうやら、太鼓の音に合わせて時計回りに妻戸台を廻るようだ。台座には信徒の方が、白い晒しに包まれた「びんずるさま」を抱えて座り、左右に揺さぶる。引き綱を手にしようと、一度でいいから「びんずるさま」に触れようと、先ほどまで静寂さを保っていた本堂は騒然となる。写真を撮影しようと構えていた管理人は、台座上の「びんずるさま」と向き合う形で押し出され(写真 = 左)、一周の約四分の三あたりを過ぎた頃、ようやく流れから解放されるほどだった(写真 = 右)。その後、妻戸台を二回(新聞報道では五回とあったが…)廻って、ようやく台座は元の場所にストップ。「びんずるさま」に触れようと近寄る人々で、像の周囲は再び賑わいを取り戻す。
一方、「ぼんずる像」の引きまわしに関わった常連さんたちは、次の準備で俄然忙しくなる。それは、内陣で配られる記念の「福杓子」を手にするため並ばなければいけないからだった。習わしでは、ここで受け取った杓子で「びんずるさま」を撫で、自身の患部に当てるとよい、とされている。たくさん用意されているようなので慌てることはないが、なにしろ大勢の人々が「福杓子」を求めて押しかけるため、行列の末端に並べば寒いところを長く待たされることになるのだ。「福杓子」は、内陣の「弥勒菩薩像」あたり(本堂向かって左側)で行われるので要チェック。お心遣いもお忘れなく。
<参考資料>
「びんずるさま」は、釈迦の弟子であり、正式には「賓頭廬尊者」と記す。熱心に修業を行うが、ただ酒を嗜む癖があり、釈迦から酒を止めるよう約束させられる。しかし、生来酒を好む尊者はこの約束を破り飲んでしまったため、これを知った釈迦から追い出されてしまう。悲しむ尊者は、ひとりで修行に励むことに…。長い年月の末、釈迦は「本堂外陣なら」という条件で傍にいることを許す。「賓頭廬尊者」が外陣に安置されているのはこのような経緯(いきさつ)による。
この記事は、平成 13年 1月 6日に取材・撮影したものです。
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