長野市
季節の話題
TOPICS NAGANO
2007
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| 季節の話題 TOPICS NAGANO 2007 |
こんな身近でも殺人未遂事件 ( 2007. 10. 8 )
七日午後八時頃、長野市稲田の「セブンイレブン長野若槻店」で、家族と買物に訪れた主婦にいきなり男性が包丁で刺す殺人未遂事件が発生した。
<管理人ひとこと>
若槻のセブンといえば、管理人がたびたび出かける平安堂若槻店のすぐ北側にある若槻大通り沿いのお店。まさかこのような場所で殺人未遂事件が起きるとは…。この時間なら周辺はまだまだ賑やかなハズですし、犯人が現場で取り押さえられている状況からすると、レジの現金を目的とした単なる強盗事件とは違うのでしょうか…。なんだか大変な時代になりました…。
この写真は、平成 19年 10月 8日に撮影したものです。
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| 「松代藩真田十万石まつり」 (長野市松代町) |
「松代藩真田十万石まつり」開催 ( 2007. 10. 7 )
長野市松代町の松代城跡公園を中心に六日と七日、恒例の「松代藩真田十万石まつり」(主催:松代地区住民自治協議会・エコール・ド・まつしろ秋まつり実行委員会)が開催された。
爽やかな秋空が広がった七日は、放映中のNHK大河ドラマ「風林火山」にちなみ、武田・上杉両軍による川中島合戦(三太刀七太刀イベント)の様子を再現。鉄砲隊による試射や「真田勝鬨太鼓」の勇壮な演奏が行なわれた。また、松代藩真田十万石行列では、騎馬武者による風林火山隊のほか、ひげを生やした奴(やっこ)が先導する大名行列が町内を練り歩いた。
| 松代藩真田十万石まつり |
| 11: 10 | 開会宣言 | | |
| 11: 15 |
特別企画
「風林火山隊」
三太刀七太刀イベント | 合戦の再現 |
| 12: 00 | 出陣式 |
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| 12: 20 | 出陣セレモニー |
鉄砲隊試射
勝鬨太鼓演奏 |
| 13: 00 | 行列出陣 |
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| 14: 00 | 子供真田勝どき太鼓 |
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| 14: 20 | かつぼれ |
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| 14: 40 | アキットショー |
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| 15: 20 | まつしろまんぜい |
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| 15: 45 | ビンゴゲーム大会 |
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| ※松代城跡公園(7日) |
<管理人ひとこと>
このイベントのハイライトといえば、松代藩主を務められた真田家の現当主も参加される「松代藩真田十万石行列」かもしれません。今年はNHKの大河ドラマ「風林火山」が放映中でもあることから、松代藩主真田家による「江戸表参勤交代」を再現するだけでなく、武田・上杉軍総勢150名による「風林火山隊」を新たに編成。主人公の山本勘助はもちろんのこと、武田信玄(晴信)、上杉謙信(長尾景虎)に加え、テレビでもお馴染みの武将に扮した騎馬武者が続々登場することとなりました。因みにこの行列で武田信玄(晴信)役に扮していたのは鷲沢長野市長とのことです。
この記事は、平成 19年 10月 7日に取材・撮影したものです。
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| 第三回信州ラーメン博 (長野市大豆島・エムウェーブ) |
第三回信州ラーメン博 ( 2007. 9. 30 )
今年で三回目を迎える「信州ラーメン博」(主催:信州ラーメン博実行委員会)が、これまでのビックハットからエムウェーブに会場を移して開催された。
イベントには、長野県内からは十七店、県外から五店、今回のみの企画店がニ店の計二十四のラーメン店が参加。最終日となった三十日は、朝から雨降りとなったものの、人気ラーメン店前には長い行列ができるなど、食べ歩きを楽しむ家族連れで賑わっていた。
第三回信州ラーメン博
【開催期日】 平成 19年 9月 28日(金) 〜 9月 30日(日)
・ 9月 28日(金) 11: 00 〜 20: 00
・ 9月 29日(土) 9: 00 〜 20: 00
・ 9月 30日(日) 9: 00 〜 17: 00
【会場】 長野市大豆島の「エムウェーブ」駐車場特設会場
【公式ホームページ】 http://www.ramenhaku.jp/
【主催】 ラーメン博実行委員会 (長野 Komachi・テレビ信州)
【出店ラーメン店・長野県】
味噌らーめん 一信 / 信州麺友会 / ゆいが 本店 / おおぼし / 麺将 武士 / 麺匠 文蔵 / 軽井沢創作料理 ロコ3 / シャーシューラーメン 梅の家 / めん屋 佐介 / 支那家 味しろ / きまぐれ八兵衛 / 酒肴 ひづき / らあめん 寸八 / らーめん ひより / ラーメン じゃげな / ラーメン 大将 / 麺屋 さくら
【出店ラーメン店・長野県外】
バカうまラーメン 花の季 (栃木) / 胡心房 (東京) / ラァメン家 69'N' ROLL ONE (東京) / 柳麺 ちゃぶ屋 (東京) / 博多 一幸舎 (福岡)
【今回だけの企画】
大勝軒 (東京) / FM NAGANO 346 GROOVE FRIDAY! 企画
<管理人ひとこと>
この「信州ラーメン博」が開催される土・日曜日は、毎年、天気に恵まれていませんね。今日も午後から大雨になりましたし。まぁ、ラーメンだからこそ、こうした肌寒い陽気のなかでふぅふぅ〜いいながら食べるのが良いのだ、といえばそれまでですが、できれば青空の下でゆっくりラーメンを味わってみたい、という方々も多かったことと思います。
さて、三回目を迎える「信州ラーメン博」。普段なかなか味わうことのできない逸品が一堂に会するということもあり大変な盛況ぶりでしたが、なかでも「東池袋 大勝軒」(東京)と「 ラァメン家 69'N' ROLL ONE 」(東京)の行列はスゴかった…です。「東池袋 大勝軒」は、惜しまれつつ今年閉店した有名なラーメン屋さんで「つけ緬」が人気。今回は特別出店とのことでしたので、これが目玉となるのも当然だったといえましょう。「 ラァメン家 69'N' ROLL ONE (ロックン・ロールワン)」は、専門家も絶賛する超有名ラーメン店で、神奈川県相模原市にお店があるそうですよ。機会があれば、ぜひお店でラーメンを頂いてみたいと思います。
この記事は、平成 19年 9月 30日に取材・撮影したものです。
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| 台風九号の被害を受けた長いも畑 (長野市松代町清野) |
台風九号の被害を受けた長いも畑 ( 2007. 9. 8 )
長野市松代町では、台風九号の降雨に伴う増水により千曲川の水位が上昇。河川敷に広がる長いも畑が浸水し被害を受けた。
<管理人ひとこと>
写真は松代町清野の千曲川河川敷にある長いも畑の様子です。ほとんどの長いも(のつる)が右側に傾いており、左(上流)から右(下流)へ川の水が流れたことがわかります。秋モノの収穫は十一月頃から始まりますが、影響はどうなのでしょうか…。
この記事は、平成 18年 9月 8日に取材・撮影したものです。
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| 第三十五回長野七夕まつり (長野市権堂) |
第三十五回長野七夕まつり ( 2006. 8. 4 )
恒例の「長野七夕まつり」が権堂アーケードで開催され、近隣の保育園の園児らが願いごとを記した短冊を結ぶ「竹飾り」や、人気キャラクターや最近の話題を題材に、地元の企業や団体が製作した「吊り下げ飾り」がアーケードの天井から吊り下げられた。
主催:長野市権堂商店街協同組合
長野市大字鶴賀権堂町 2208 TEL&FAX 026-232-1967
[ 参考HP ] 長野市・権堂商店街ガイドホームページ
<管理人ひとこと>
今年は猛暑…という予報が的中(?)して、とにかく暑い夏となりました。管理人が訪ねたこの日も、「長野七夕まつり」の会場である権堂アーケードは熱気でムンムン。ちょっと歩けば、汗がじとじと…するほどでした。毎年注目している権堂・紅久さんの「吊り下げ飾り」。今年は、ディズニーのキャラクターでお馴染みの「スティッチ」(長野びんずる大賞)の登場となりました。大きな可愛らしい飾りは子供たちにも人気でしたよ。
この記事は、平成 18年 8月 4日に取材・撮影したものです。
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| 白髯神社前の花菖蒲 (長野市鬼無里日影) |
【鬼無里】 白髯神社前の花菖蒲 ( 2007. 7. 1 )
長野市鬼無里日影地区にある白髯神社前( 地図 )の花菖蒲(しょうぶ)が見ごろを迎えている。花菖蒲は地元の住民が植えつけ育ててきたもので、今では約一万本が咲くまでになったという。園内には木道や休憩所が設けられており、ゆっくり鑑賞することができる。「花菖蒲と蛍鑑賞会」は八日まで。料金無料。
<管理人ひとこと>
毎年この時期になると白髯神社前の花菖蒲が新聞紙上で話題になり、見た〜いと思いつつ、なかなか出かけることができませんでしたが、本日、ついに花菖蒲とご対面(?)してきました。ちょうど今が見ごろのようですので、ぜひお手元のカメラ持参でお出かけくださいませ。
白髯神社は、長野方面からだと「旅の駅」を通過してしばらく白馬方面に車を走らせた左手にあります。神社前には、「花しょうぶとホタルの里」と記された、まるでお祭りの時に立てられるような大きな幟がありましたので、これを目安にすれば良いでしょう。駐車場は、鳥居前の中区活性化センター横(菖蒲園前)に設けられています。
この記事は、平成 18年 7月 1日に取材・撮影したものです。
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| 「神霊矢口渡 頓兵衛住家の段」から |
大鹿歌舞伎 長野公演 ( 2007. 6. 16 )
下伊那郡大鹿村に江戸時代から伝わる「大鹿歌舞伎」(国選択無形民俗文化財)の長野公演(主催:財団法人長野県文化振興事業団、共催:長野県・長野県教育委員会)が十六日、長野市若里の長野県県民文化会館中ホールを会場に開催された。
公演当日の午前中は、歌舞伎の舞台を演出する舞台裏の体験コーナーが行なわれたほか、会場の展示ギャラリーでは「写真と衣装で見る大鹿歌舞伎の世界」が催され、これまでの名場面を撮影した写真パネルや、実際に役者が着用した歌舞伎の衣装が展示された。また午後二時半からは、平賀源内作の「神霊矢口渡 頓兵衛住家の段」が演じられ、千人を越える観客が南信州に伝わる伝統芸能を楽しんだ。
「大鹿歌舞伎」は、江戸時代中頃から各集落にある神社の舞台で演じられ、今日まで伝承されてきた「地芝居」(農村歌舞伎)に属するもので、毎年五月三日には村内下市場の大磧神社で、また十月の第三日曜日には塩河の市場神社で定期公演が催されており、例年二千人近いファンが訪れ観劇を楽しんでいる。
「大鹿歌舞伎」についてのお問い合わせ
長野県下伊那郡大鹿村大河原 391-2
大鹿村役場 教育委員会事務局 または 産業課観光担当
TEL 0265-39-2100 0265-39-2877 FAX 0265-39-1023
[ 参考HP ] 大鹿村観光情報
<管理人ひとこと>
普段は神社の境内に設けられた舞台で演じられる大鹿歌舞伎。今回は県民文化会館のホールで行なわれたこともあり独特な趣きのなかでの公演となりましたが、会場では相変わらずの野次(やじ)が飛び交い、何時もと変わらない演技を楽しむことができました。
今回上演された作品は、出張公演でたびたび演じられる「神霊矢口渡 頓兵衛住家の段」から。太夫弾語りを担当する北村さんが、江戸時代に「エレキテル」で知られる平賀源内が、寂れかけていた新田神社を盛り上げるために地元の要請を受けて作品を創作したという逸話や作品全体のあらすじ、お舟が義峰の気を引くために演じる仕草、賞金目当てに義峰を捉えようと、自ら傷つけた娘のお舟を乱暴に扱う演技など、多くの見どころを丁寧に紹介されました。
作品のなかで特筆すべき点は、始めから終わりまで出演し続けるお舟の演技でしょう。多くの台詞を覚えなくてはならないことはもちろんのこと、言葉では伝えられない気持ちをちょっと仕草で大勢の観客に伝えなければならないのですから容易なことではありません。もし、この作品をご覧になることがありましたら、ぜひ、お舟の演技に注目してほしいと思います。
そしてもうひとつ。大鹿村の会場でも公演が始まる前に販売されるものとして「豆本」があるのですが、今回、会場に登場した売り子のお二人は実に商売上手でありまして、上演前に完売させてしまいました(!)。待っていても、なかなか売れるものではありませんからね。こういったイベントの時には、やはり積極的に販売して、大鹿歌舞伎とはどんなものなのか、先ずは「豆本」でも買ってご覧ください、くらいのアピールがあって良いと思います。その点では、お二人の売り子さんは大変立派だったなぁと思いましたよ(笑)。
とはいえ、有名な大鹿歌舞伎も、上演される会場は長野から南へ二百キロ以上もある遥か彼方…。今回、観客の多くは年配者だったことを考えますと、そうそう容易く大鹿村を訪ねるというわけにはいきません。機会があれば、ぜひまた、長野公演が行なわれることを期待したいものです。
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<参考資料> 神霊矢口渡 頓兵衛住家の段
舞台は、室町時代の多摩川・矢口の渡し。この矢口の渡しは、新田義貞の子義興(よしおき)が、渡守・頓兵衛の手により川底に沈められた場所でもある。そこへ、義興の弟義峰(よしみね)と愛人の傾城うてなの二人が来て、頓兵衛の娘お舟に川のむこうに渡してくれと頼むところから芝居は始まる。
ところが、このお舟、義峰の美男子ぶりに一目ぼれしてしまい、舟が出ないので、家に泊まっていってほしいと、義峰らを家に連れ込む。
お舟は、うてなが義峰の妹か妻であるかを聞き出し、妹と語る義峰の言葉から、その思いを口説くことに…。しかし、義峰との恋路に手と手を取り合うものの、御旗の仕業か二人は気を失ってしまう。物音に気づいたうてなが、その場に倒れている義峰を介抱するが意識は戻らず、そこで義峰の懐にあった新田家の御旗を取り出してみると、たちまち二人の意識が戻ることとなる。
その様子を見ていた頓兵衛の下男六蔵は、お舟が義峰を匿っていることを知るが、六蔵はお舟にうまくだまされてしまう。それを知った頓兵衛、義峰を殺して手柄を立てようと、暗くなるのを待って家に忍び込み、刀を突き刺せば、なんとそれは娘のお舟…。わが娘を傷つけながらも、金のために善峰を追いかけようとする父頓兵衛。お舟は、金のためとはいえ、娘が恋した人を殺そうとは貪欲だと抗議するものの、頓兵衛は、そんな娘の言葉も聞かずに、義峰の後を追いかける。
お舟は、深手を負いながらも、村の囲みをとく合図の太鼓を打つため櫓に登る。下男の六蔵は、太鼓を打たせまいとお舟を止めるが、お舟は六蔵の刀を抜き、横腹を刺して六蔵を多摩川に突き落とす。お舟は、太鼓を打ち終わると、櫓に身をのけぞらせ息絶える…。 |
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| 地滑り現場 (長野市芋井) |
長野市芋井の裾花川左岸で地滑りの兆候 ( 2007. 6. 10 )
長野市芋井の裾花川左岸( 地図 )で地滑りの兆候があることが確認された。写真は、対岸の国道 406号線から撮影した現場の様子。
<管理人ひとこと>
ここの地滑りは随分前に起きたもので、管理人が国道を通っていた頃は、確か倒れた木々が下方に向かって散乱しているような状況だったように思います。地滑りの兆候が見られる、という新聞などの報道から今回、久しぶりに訪ねてみたのですが、いつのまにかキレイに整備されていて大変驚きました。
写真からはよくわかりませんが、裾花川に向かって斜面が落ちこむ付近(写真右下)には、幾重にもシワのようなものが見えますので、おそらくこの部分が滑り始めたのかなぁ…と思われます。周辺には民家などがないため地滑りによる直接的な被害の心配はないものの、万一、大雨による土砂流出で裾花川が堰き止めるような事態になると、湛水化したダムがやがて決壊し、下流の茂菅や西長野に被害が及ぶ懸念もあります。梅雨の大雨が予想されるこの時期、早急に地滑り対策を施す必要がありそうです。
余談になりますが、この写真を撮影するため車から降りた途端、かなり強い硫黄の匂いが漂っていました。もしかしたら、近くに(上流に善光寺温泉跡あり)鉱泉が涌き出ているのかもしれません。
この記事は、平成 18年 6月 10日に取材・撮影したものです。
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| 江戸時代の石土手跡 (長野市篠ノ井小森・千曲川) |
「小森の石土手」現地説明会 ( 2007. 5. 19 )
江戸時代中期の瀬直しの遺構として発掘された「小森の石土手」の現地説明会が市内篠ノ井小森の千曲川河川敷( 地図 )で行なわれた。
この遺構は、江戸時代寛保二年( 1742 )に起きた「戌(いぬ)の満水」により大きな被害を受けたことで松代藩が治水対策として石積みの瀬直しを行なうことを決定。「戌の満水」から五年後の延享四年( 1747 )に着工したものである。その後も修復を繰り返しながら当地の水害を防いできたが、近年は土砂の堆積等により存在が忘れ去られていた。
小森地区では、現在も千曲川の河川内に残る石土手と古文書などから当時の石土手を後世に残すため、平成十五年十一月に「小森の千曲川に架かる石土手を後世に継ぐ」会を発足。翌年三月に試掘を行なって存在を確認した後に、国土交通省千曲川河川事務所、長野市に要望書を提出し理解を求める活動を続けてきた。平成十八年十一月に千曲川河川事務所の承認を得て第一回目の堀削を開始。今年三月に二回目の堀削を行ないその全容が明らかになった。
説明会は午前と午後の二回、千曲川河川事務所との共催で行なわれ、晴れ間の広がった午後の説明会には五十名ほどが参加し、担当者の説明に聞入っていた。 |
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<参考資料> 戌の満水
江戸時代中期の寛保二年( 1742 )旧暦八月に起きた水害。当日の見学会で配布された資料によれば、豪雨は千曲川流域から利根川沿いを襲い、千曲川流域で約二千八百名の人名を奪ったという。詳しくは 上田地域自然電子図鑑 、または、「戌の満水を歩く」(信濃毎日新聞社刊)を参考のこと。 |
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<管理人ひとこと>
説明会で小森の「石土手」に関する資料を頂きました。そこには、「戌の満水」以前の河道と現在の流れとの違いが地図に記されていましたが、昔の河道は山沿いにウネウネと蛇行を繰り返したもので、流れがかなり悪いものになっていました。平常時はともかく、ひとたび洪水ともなれば、真っ直ぐ流れようとする水の勢いであふれだしてしまうのも無理ないなぁ…という感じです。
説明会の資料によれば、延享年間に行なわれた新しい河道の堀削とこの「石土手」により、千曲川の流れは松代城下から北側へ移動。明治以降の大改修によりこの「石土手」は河川内に水没し、残りの部分は耕作地となりましたが、今回、地元の皆さんのご活躍で遺構が発掘されたことは、治水対策に対して流域に住む人々の関心を集めるきっかけにもなり、とても大切なことであったと思います。願わくば、この歴史的な遺構の保存を期待したいものです。
この記事は、平成 18年 5月 19日に取材・撮影したものです。
ご意見・ご感想は 関連ブログ までどうぞ。
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| 清水寺のぼたん園 (長野市若穂保科) |
清水寺のぼたん園 ( 2007. 5. 13 )
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| ぼたん |
若穂保科にある清水寺のぼたん園( 地図 )では、約六百本のぼたんが咲き誇っている。以前は、たくさんのぼたんが境内を彩っていたとのことであったが、戦時中にカボチャや芋などへ転用してしまったことから激減してしまっていたという。現在は、地元の保科地区の住民らによる「保科ぼたん園復活推進委員会」が中心となり植栽を続けている。
<管理人ひとこと>
訪問した前日の午後一時から、初めて「清水寺ぼたんまつり」(主催:清水寺ぼたんまつり実行委員会)が開催されました。当日は、開会宣言・読経の後、本堂と観音堂の御開帳、ぼたん句会、柴灯護摩会、華短檠(けい)へ点火のほか、甘茶や甘酒、ぼたん団子の模擬店などが出店したそうです。
ところで、牡丹(ボタン)と良く似たものに芍薬(シャクヤク)がありますね。「立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花」でその美しさを表現される芍薬でありますが、牡丹との違いはどう見分ければよいのでしょうか。写真を見ると芍薬のようにも思えるし、牡丹園だから牡丹と決めつければそのようにも見えるし…。
この記事は、平成 18年 5月 13日に取材・撮影したものです。
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| 善光寺木遣り松代会の皆さん |
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| 皆神神社 | 皆神山頂(西側) |
第二十一回皆神山ピラミッド祭り ( 2007. 5. 5 )
「世界最古のピラミッド」説がかつて週刊誌上で話題になった松代町豊栄の皆神山山頂( 地図 )で五日、恒例の「皆神山ピラミッド祭り」が開催された。会場では、松代勝鬨太鼓の演奏や、善光寺木遣り松代会の皆さん(写真)による木遣りが披露されたほか、手作りのそばやおでんを提供する「郷土食コーナー」、地場産品の販売を行なう屋台などが並び賑わった。
<管理人ひとこと>
最初に記しておかなくてはいけないのは、祭りがあったから出かけただけで、普段なら絶対に近づくつもりはない、ということ。理由は、山頂までのアクセスがとにかくひどかった…こと。地元の方々の誘導があったから、なんとか気合を入れて車を走らせたものの、何気に出かけたいと思う場所ではありませんでした。山頂からも景色も楽しみにでかけたのだけど、それほどでもなかったし…。
されに驚いたのは、山頂になんと!ゴルフ場があったこと。それと、皆神山が「ピラミッド」である所以を記した大きな看板…。何れにしても、山頂に漂う雰囲気が管理人にはどうも馴染めそうになかったため、申し訳なくも早々と退散させて頂きました。もしかしたら、ここは神々だけが集う、まさに神聖な場所なのかもしれませんね。ふぅ〜。
この記事は、平成 18年 5月 5日に取材・撮影したものです。
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<参考資料> 皆神神社
県宝
・ 熊野出速雄神社本殿(建造物)
かつて修験道の栄えた北信地域であるが、現存する修験道の遺構は少ない。その中にあって熊野出速雄神社本殿は、中世の遺構であり、非常に貴重である。他の修験道建物ともに共通し、妻入りの形式である。
建築年代は十五世紀末期から十六世紀前期、当初内部は、内陣、下陣に区切られていた。
長野市指定文化財
・ 木造大日如来坐像
・ 木造阿弥陀如来坐像
・ 木造弥勒菩薩坐像
いずれも神像に近い法衣である、彩色されていたが、今は殆ど剥落(はくらく)している。三体とも寄木(よせぎ)作りで、坐高は、三十三センチメートル前後、製作年代は、一千五百七年。三体の仏像は、皆神山修験道場としての熊野出速雄陣じゃの本尊として歴史的に重要であり、また、製作年代、作者、願主が銘文で明らかであることも重要である。
・ 皆神山のクロサンショウウオの産卵地
県内では北アルプスや信越国境方面の山岳地帯に集まっている。東信では菅平に一例あるが、松代のように標高の低いところにあるのは珍しい。当地は、クロサンショウウオの分布南限地として貴重である。クロサンショウウオは、きれいな自然水でないと生息できない。 |
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